日本には、人生の節目となる年齢に長寿を祝う伝統があります。おじいちゃんやおばあちゃんが一定の年齢を迎えたとき、家族みんなで「長寿祝い」をして感謝とこれからの健康長寿を願います。有名なのは満60歳の還暦(かんれき)ですが、その後も70歳の古希(こき)、77歳の喜寿(きじゅ)、80歳の傘寿(さんじゅ)、88歳の米寿(べいじゅ)、90歳の卒寿(そつじゅ)、99歳の白寿(はくじゅ)など、節目ごとにユニークなお祝いの名前があります。これらの長寿祝いが日本の文化や歴史の中でどのように生まれたのか、その背景や由来をひも解いてみましょう。
長寿祝いの始まりと歴史
長寿をお祝いする習慣はとても古く、奈良時代に貴族の間で始まったとされています。当時は平均寿命が短く、長生き自体が珍しかったため、なんと40歳を迎えた時点で「四十賀(しじゅうが)」という長寿祝いが行われていました。たとえば西暦715年には長屋王が、740年には聖武天皇が、ともに40歳の賀寿を催した記録が残っています。その頃は「初老」とされた40歳から10年ごとにお祝いしていたようです。
この貴族の風習が一般に広まったのは室町時代から江戸時代と言われます。時代とともに人々の寿命が延び、「長寿祝い」はより高齢の節目で行うように変化しました。現代では40代はまだまだ若く働き盛りですね。こうして長寿祝いはまず60歳(還暦)から行うのが一般的な習慣となったのです。
また、日本の長寿祝い文化には中国から伝わった思想や言葉が深く関係しています。古代中国の儒教では長寿が尊ばれ、干支(十干十二支)による暦法や漢詩の名句が日本の長寿祝いの由来になりました。次からは、それぞれの節目のお祝いの意味や名前の由来について詳しく見ていきましょう。
還暦(かんれき)— 60歳のお祝い
還暦は満60歳(数え年61歳)を迎えたことを祝う、日本で最もよく知られた長寿祝いです。「還暦」という言葉には「暦(こよみ)が還(かえ)る」、つまり生まれた年の干支に一巡して戻るという意味があります。十干十二支(甲乙丙…と子丑寅…の組み合わせ)で表される干支の暦は60年で一回りし、61年目に同じ干支が巡ってくるため、60歳は暦が一周する節目なのです。
この「元の暦に還る」という考え方から、「本卦還り(ほんけがえり)」とも呼ばれます。まるで人生がひと回りして、生まれ変わるようだという発想ですね。実際、還暦のお祝いでは赤ちゃんに戻ることを象徴する風習があります。伝統的にはお祝いを迎える人に赤いちゃんちゃんこ(袖なし羽織)や赤い頭巾を着てもらいます。赤いちゃんちゃんこには「赤子(あかご)に戻りもう一度生まれ変わる」という意味が込められており、魔除けの色とされる赤で健康を祈る意味合いもあります。昨今では必ずしもちゃんちゃんこを着る人ばかりではありませんが、代わりに赤いちゃんちゃんこ型のちゃんちゃんこケーキや、赤いちゃんちゃんこを着たフクロウの置物などユニークな演出をしたり、赤いちゃんちゃんこの代わりに赤い服や小物を贈ることも多いです。還暦のテーマカラーは赤で、家族は赤いちゃんちゃんこ姿のおじいちゃん・おばあちゃんの写真を撮ったりして喜び合います。
古希(こき) — 70歳のお祝い
古希は満70歳のお祝いです。その名前の由来は中国・唐代の詩人である杜甫(とほ)の漢詩の一節、「人生七十古来稀なり」にあります。この句は「人が70年生きることなど昔から稀(まれ)である」という意味で、かつては70歳まで生きられる人は非常に少なかったことを表しています。古希(本来は「古稀」とも書きます)はまさに「古来稀なり」=古くから稀な年齢という趣旨で名付けられたのです。
現在では医療も発達し70代でも元気な方がたくさんいますが、昔は70歳まで達するのは特別なことでした。そのため古希のお祝いは「長寿をここまで保てたこと」を称える意味合いが強かったのでしょう。古希のテーマカラーは紫とされています。紫は高貴で長寿の象徴的な色であり、古希や喜寿では紫色のちゃんちゃんこや帽子を贈ったり、紫のちゃんちゃんこを着た縁起物の飾りを用意したりするご家庭もあります。紫は昔から高貴な色とされ、位の高い人しか身に着けられなかった歴史もあるため、70歳という尊い年齢を紫でお祝いするのは理にかなっていると言えるでしょう。
喜寿(きじゅ) — 77歳のお祝い
喜寿は満77歳のお祝いです。そのユニークな名前の由来は漢字の**「喜」という字にあります。実は「喜」という字を草書体(崩した筆記体のような字体)で書くと、「㐂」という特殊な字になり、これがまるで「七十七」と読める形になるのです。具体的には、「喜」の草書体の字画を分解すると「十七」の上に「七」を乗せたように見えるため、「77」を表しているようだ、というわけです。この遊び心あふれる漢字のもじりから、77歳を「喜」の字にちなみ喜寿**と呼ぶようになりました。
77という数字が「喜ぶ(喜び)」という字に隠れているなんて面白いですね。まさに**「喜び」の年齢ということで、喜寿を迎える方本人も家族も嬉しさひとしおでしょう。喜寿も古希と同様にテーマカラーは紫が一般的です。還暦の赤いちゃんちゃんこほど定着はしていませんが、紫のちゃんちゃんこや紫色のちゃんちゃんこクッキー**などでお祝いムードを演出することがあります。紫は気品ある色でもあり、77歳という年齢を上品にお祝いするのにふさわしいですね。
傘寿(さんじゅ) — 80歳のお祝い
傘寿は満80歳のお祝いです。読み方の「さんじゅ」は漢字の「傘(かさ)」にちなみます。その由来は、「傘」の字の略字にあたる「仐」という字形に注目するとわかります。略字の「仐」は上に“八”、下に“十”と書くような形になっており、組み合わせると**「八十」すなわち80を表しているように見えるのです。このことから、80歳のお祝いは「傘」の字をもじって傘寿と呼ばれるようになりました。また別名で八十寿(やそじゅ)**ともいい、そのまま「80歳の寿ぎ」という意味の呼び名もあります。
傘というと雨傘を思い浮かべますが、「傘寿」の由来を知ると傘の漢字がなんだか特別に見えてきますね。傘寿のテーマカラーは黄色(黄金色)とされています。由来の「傘」の漢字から直接色が決まったわけではありませんが、80歳・88歳のお祝いでは縁起の良い金茶色(きんちゃいろ)、いわゆる黄金がかった黄色が長寿を象徴する色として用いられます。黄金色は豊かさや収穫を連想させ、傘寿を迎えられるほど実りある人生を積み重ねてこられたことへの敬意が込められているのかもしれません。
米寿(べいじゅ) — 88歳のお祝い
米寿は満88歳のお祝いです。こちらも漢字を使った語呂合わせのような由来を持っています。漢字の「米」という字をよーく見ると、米の字は八十八を組み合わせたようにも見えませんか?
米という漢字を分解すると「八」「十」「八」に分けられるため、これを並べるとまさしく「88」になるのです。この遊び心ある発想から、88歳は「米」の字にちなんで米寿と名付けられました。
お米は日本人の主食であり、八十八という数字の組み合わせには豊作祈願の「お米に八十八の手間(米という字は八十八画からできているという俗説)」という話もあるなど、古くから馴染み深いものです。米寿のテーマカラーも傘寿と同じく黄色・金色系が一般的です。稲穂の黄金色や、米俵のわらの色など、お米には黄金色がつきものですから、88歳という節目を黄金色でお祝いするのはとても縁起が良いですね。
卒寿(そつじゅ) — 90歳のお祝い
卒寿は満90歳のお祝いです。ここからは90代に突入しますが、「卒寿」の名前の由来も漢字の見た目にあります。普段使う「卒」という漢字を少し崩した**「卆」という字体(略字)をご覧ください。よく見ると「卆」は上が“九”、下が“十”という形になっており、九十=90を表しているように読めます。このことから90歳のお祝いは「卒」の字にちなみ卒寿**と呼ばれるようになりました。
「卒」には「卒業」の意味があり、「人生を卒業する年齢だから卒寿」なんて冗談を言う人もいますが、由来としては単に漢字の形からきています。卒寿のテーマカラーは白色が用いられることが多いです。実は90歳の「卒寿」自体には白の要素はありませんが、99歳の白寿に向けて長寿の色=白のイメージが強いためか、90歳のお祝いでも白いちゃんちゃんこや白い贈り物を選ぶ方が増えています。もっとも、紫が好きなおばあちゃんには紫のちゃんちゃんこを着てもらうなど、ご本人の好みを尊重してお祝いのカラーを決めても良いでしょう。大切なのは心を込めてお祝いすることです。
白寿(はくじゅ) — 99歳のお祝い
白寿は満99歳のお祝いです。「白寿」の名前の由来は一目瞭然かもしれません。漢字の「百」から上の一画(「一」)を引くと「白」という字になりますね。まさに100の一つ手前(百から一を引いた数=99)であることから、99歳を祝う長寿祝いに「白」の字が充てられ白寿と呼ばれます。百歳目前の特別な節目というわけです。
由来となった「白」という字には、もう一つ味わい深い説があります。「99歳にもなると人は世俗の汚れが落ち、仙人のような存在になるのではないか」という考えから、白髪(しらが)に白い髭をたたえた仙人をイメージして「白寿」と呼ぶようになったとも言われます。たしかに、99歳まで長生きされる方は人生の達人であり、どこか仙人のような風格が漂うかもしれませんね。白寿のテーマカラーは白です。白寿をお祝いするときは、真っ白なちゃんちゃんこや白い花束など、純白の贈り物で長寿を称えることが多いです。白は長寿祝いの締めくくりを飾る清らかな色と言えるでしょう。
百寿(ひゃくじゅ) — 100歳のお祝い
百寿は満100歳のお祝いです。ついに百寿、百歳のお祝いまでたどり着きました。百寿は読んで字のごとく100歳の長寿祝いで、「ひゃくじゅ」の他に**ももじゅ(百寿)とも読みます。「もも」は古語で「百」を指す言葉ですので、「百寿」を音読みした「ひゃくじゅ」よりも訓読みの「ももじゅ」のほうが雅な響きがありますね。また、100年=1世紀であることから紀寿(きじゅ)**と呼ぶこともあります。「紀」は年代や世紀を表す漢字で、めでたい紀年を迎えたという意味合いです。その他にも「百賀(ひゃくが)」という言い方もあり、百歳を迎えられたこと自体がおめでたいという祝意が込められています。
百寿を迎える方はまさに人生100年の生き証人であり、家族にとっても誇らしく喜ばしい存在でしょう。百寿のお祝いは、基本的には白寿に続いて白を基調とした贈り物や装いでお祝いすることが多いです。特に決まったテーマカラーはありませんが、白寿からの流れで白いちゃんちゃんこを用意したり、あるいは百寿達磨(100寿と書かれたダルマ)を飾ったりするご家庭もあります。最近では100歳を迎える方も珍しくなくなってきたため、ピンク色など華やかな色で「百寿」をお祝いするケースもあるようです。ご長寿の人生を明るく彩る気持ちで、好きな色でお祝いしても良いでしょう。
そのほかの長寿祝い:108歳・111歳・120歳…?
ここまで100歳の百寿まで、日本の主要な長寿祝いをご紹介しましたが、実はそれ以上の年齢にもユニークな名前が存在します。108歳は茶寿(ちゃじゅ)といい、漢字の「茶」を分解すると「十・十・八十八」となり、それを合計すると108になることに由来しています。111歳は皇寿(こうじゅ)と呼ばれ、「皇」の字を分けると「白(99)」「一」「十」「一」となり、合計して111になることからそう呼ばれます。120歳は大還暦(だいかんれき)。60年周期の干支を2回り=120年生きたことになり「二度目の還暦」という発想ですね。さすがにこのあたりになると現実にお祝いを迎えられる方は極めて少ないですが、長寿を称える気持ちから名前だけは作られているのです。
ちなみに250歳のお祝いを天寿(てんじゅ)と呼ぶという冗談のようなものまであります(天から授かった寿命を全うする、つまり天寿を全うするの言葉遊びですね)。このように、日本の長寿祝いの名前は漢字をもじったり中国の故事にあやかったり、ユーモアと願いが込められているのが特徴です。長生きへの尊敬とお祝いの気持ちが、言葉遊びとして表現されているのはとても日本的で面白いですね。
おわりに:長寿祝いに込める思い
還暦から百寿まで、日本の長寿祝いにはそれぞれ素敵な意味と由来がありました。どの祝いも「ここまで生きてくれてありがとう」「これからも元気でいてね」という家族の愛情と敬意が根底にあります。由来を知ると、普段何気なく使っていた言葉も一層ありがたく感じられるのではないでしょうか。
最近では高齢になっても元気な方が増え、還暦でも「まだまだ若い!」ということも多いですが、それでも節目のお祝いをする意義は変わりません。家族みんなで集まり、プレゼントや食事会でお祝いする時間は、ご長寿の方にとって何よりの喜びですし、家族にとっても大切な思い出になるでしょう。赤、紫、黄、白…それぞれの年齢のテーマカラーを取り入れたプレゼントや飾り付けをすれば、伝統にならった華やかな演出になります。お祝いの席では、縁起物である鶴や亀のモチーフをあしらった飾りや紅白の幕を用意することもあります。鶴は千年、亀は万年と言われるように、これからも長生きしてほしいという願いを込めて飾るのです。
日本の長寿祝いは、ただ年齢を数える行事ではなく、長寿そのものを尊び感謝する文化です。還暦や古希のお祝いにはじまり、喜寿・米寿…と続く節目節目は、家族みんなが集う笑顔の機会でもあります。ぜひご家族の大先輩がこれらの節目を迎える際には、今回ご紹介した由来や意味も話題にしながら、心あたたまるお祝いのひとときを過ごしてくださいね。