親御さんが90歳を迎えるにあたり、日本には「卒寿(そつじゅ)」と呼ばれる特別なお祝いがあります。卒寿とは一体どのような意味や由来があるのでしょうか。本記事では、卒寿の基本的な意味や日本の長寿祝いの歴史、伝統的なテーマカラーである紫色の意味、地域ごとの風習の違い、そして現代の卒寿祝いの傾向について詳しく解説します。大切な節目を心からお祝いするために、卒寿の歴史と由来を知っておきましょう。
卒寿とは?
卒寿(そつじゅ)とは、日本に古くから伝わる長寿祝いのひとつで、満90歳のお祝いのことです。名前の由来は漢字の「卒」にあります。「卒」の略字である「卆」(そつ)を分解すると「九十」という文字になるため、90歳のお祝いを「卒寿」と呼ぶようになりました。つまり「卒寿」=「90」の字を持つお祝いというわけです。
※補足:「卒」という字は本来「おえる(卒業)」の意味があり、「人生を卒業する年齢」という誤解をされることもあります。しかし卒寿の名称はあくまで漢字の形に由来するもので、“人生の終わり”を意味するものではありません。ご両親をお祝いする際には、ポジティブな長寿祝いとして捉えましょう。
卒寿は還暦や古希などと同じく人生の大きな節目のお祝いですが、歴史的には90歳まで生きる方は非常に稀でした。そのため、長寿祝いの風習自体は平安時代頃に中国から伝わったものの、当時は卒寿を祝う機会はほとんどなかったとされています。一般に卒寿のお祝いは数え年で90歳(満年齢で89歳)になった年のうちに行いますが、現在では誕生日当日に祝う家庭も多いようです。お祝いの時期に明確な決まりはありませんので、家族が集まりやすい日程やご本人の体調に配慮して計画するとよいでしょう。
日本の長寿祝いの歴史
古来の長寿観と長寿祝いの起源
日本における長寿祝いの文化は、中国から伝わった「敬老」「孝」の思想に基づいています。古代中国の思想家・孔子の教えでは、年長者を敬い長寿を尊ぶことが善とされていました。奈良~平安時代の日本では平均寿命が短かったため、**40歳(四十賀)や50歳(五十賀)、60歳(六十賀)**を長寿の節目として貴族社会で祝う風習が生まれました。当時は唐代・宋代の流行にならい、長寿を祝う詩を贈ることで寿ぎの気持ちを伝えていたとも言われます。
平安時代~室町時代:さらなる高齢の祝いの誕生
鎌倉時代以降になると、40歳・50歳の賀祝いは廃れ、その代わりにより高齢の長寿祝いが重視されるようになりました。特に有名なのが**「古希(こき)」、すなわち70歳のお祝いです。これは唐代の詩人・杜甫の詩「人生七十古来稀なり」に由来し、「七十年生きる人は古来まれだ」という意味から始まったとされます。このように70歳以降の長寿祝いが生まれた背景には、107歳まで生きた平安時代の女性・藤原貞子(ふじわらのていこ)の存在が大きいとされています。藤原貞子は平清盛のひ孫にあたり、天皇家の一族でした。彼女の長寿を祝うにあたり新たな節目の祝いが必要となり、70歳の古希や77歳の喜寿などの高齢者の賀が設定されたという説があります。この頃に77歳「喜寿」や88歳「米寿」**のお祝いも誕生したと考えられます。
※中国では昔からゾロ目の年齢(例:77歳、88歳など)を不吉と捉える風習があり、厄払いのためにその年にお祝いをする考えもあったそうです。日本で77歳・88歳を祝うようになった背景には、こうした中国の習慣も影響しているのかもしれません。
江戸時代:庶民への浸透と名称の定着
長寿祝いと聞いてまず思い浮かぶ**「還暦(かんれき)」**は満60歳の祝いですが、この還暦祝いが一般に定着したのは実は江戸時代とされています。干支(十干十二支)が60年で一巡し、生まれた年の干支に戻ることから「暦が還る」という意味で60歳を「還暦」と呼びます。還暦になると「赤子に還る(生まれ変わる)」とも言われ、魔除けや再生の願いを込めて赤いちゃんちゃんこ(袖なし羽織)を着る伝統が生まれました。
江戸時代は太平の世とはいえ火事や疫病で死亡率が高く、「人生五十年」と謳われたように平均寿命も短命でした。そのため長生きできること自体が非常に有難いことと捉えられ、庶民の間でも長寿を祝う意識が高まります。江戸期には還暦以外にも傘寿(さんじゅ・80歳)や半寿(はんじゅ・81歳)、**卒寿(90歳)**など多様な長寿祝いの名称と習慣が生まれました。以降、長寿祝いは老齢の節目ごとに名称が付けられ、現在に伝わっています。
長寿祝いの名称と由来一覧
江戸時代以降に定着した主な長寿祝いには、以下のようなものがあります。それぞれの年齢ごとに漢字の字形や故事に由来したユニークな名称が付けられているのが特徴です。
還暦(かんれき) – 60歳:干支が一巡して元の暦に「還る」ことに由来。赤ちゃんに戻る意味もあり、赤いちゃんちゃんこを着る風習がある。
古希(こき) – 70歳:「人生七十古来稀なり」という杜甫の漢詩から。
喜寿(きじゅ) – 77歳:「喜」という字を草書体で書くと「七十七」に見えることに由来。
傘寿(さんじゅ) – 80歳:「傘」の略字「仐」を分解すると「八十」になることに由来。
半寿(はんじゅ) – 81歳:「半」という字を分解すると「八十一」に見えるという説から。別名で「盤寿」とも呼ばれることもあります(※傘寿の1年後のため省略される場合もあり)。
米寿(べいじゅ) – 88歳:「米」という漢字を分けると八十八になることに由来。米(お米)のイメージから黄金色(金茶色)のお祝い色とされることもあります。
卒寿(そつじゅ) – 90歳:「卒」の略字「卆」が九十と読めることに由来。卒=90の字合わせです。
白寿(はくじゅ) – 99歳:「百」の字から一(1)を引くと「白」になることに由来。百から一つ手前の年齢という意味合い。
百寿(ひゃくじゅ)・紀寿(きじゅ) – 100歳:百寿はそのまま100歳、紀寿は1世紀(一紀=100年)にちなむ呼び名。
このように、日本では節目ごとに長寿を称える風習が発達し、それぞれに趣向を凝らした名前が付けられてきました。90歳の卒寿もその一つであり、明治・大正・昭和を生き抜き人生経験豊富なお年寄りを家族で敬い祝福する習慣として定着しています。近年では医療の発達により平均寿命が延び、卒寿を迎える方も珍しくなくなりました。「卒寿」の先には97歳「禧寿」や99歳「白寿」、そして100歳の「百寿」なども控えています。さらには108歳「茶寿」や111歳「皇寿」など、100歳以上にもいくつか名称がありますが、いずれも大変めでたい人生の金字塔と言えるでしょう。
卒寿の色と象徴 〜紫色に込められた意味〜
長寿祝いにはそれぞれ「テーマカラー(お祝いの色)」が存在すると言われます。例えば、還暦は赤色、白寿は白色という具合です。では卒寿(90歳)のお祝いカラーは何色でしょうか?
一般的に、卒寿のテーマカラーは「紫(むらさき)」とされています。古希や喜寿など70代後半以降の長寿祝いでは、共通して紫色を用いる風習が広く知られています。紫は日本の伝統において高貴で特別な色と位置付けられてきました。その由来を歴史とともに見てみましょう。
紫=高貴と尊敬の色
古来より紫は貴重な染料であり、位の高い人だけが身に着けることを許された特別な色でした。聖徳太子の制定した冠位十二階(603年)でも、最上位の冠色は紫と定められています。また平安時代には、紫の衣は高位貴族や皇族の象徴でした。前述の藤原貞子が長寿祝いの際に紫色の衣装をまとっていたことから、以後その慣習にならって古希・喜寿・米寿・白寿では紫がテーマカラーになったとも伝えられます。
紫には高貴なイメージがあるだけでなく、相手への敬意やいたわりの心を表す色でもあります。77歳の喜寿祝い専門店の解説によれば、「紫色には心と体を癒やす効果があり、紫から生まれる高貴なイメージや敬う気持ちを込めて長生きを願うため、喜寿のお祝いに用いられるようになった」とされています。この意味合いは卒寿祝いにおいても同様で、長寿を迎えた大先輩への敬愛と、更なる健康長寿への願いを込めて、紫色の贈り物や着物を贈る習わしがあるのです。
卒寿祝いで用いられる紫の品々
現代でも卒寿のお祝いには、紫色のちゃんちゃんこや座布団、花束などが定番となっています。例えば、卒寿の記念撮影では主役の方に紫のちゃんちゃんこや帽子を身につけてもらい、家族写真を撮るケースも多く見られます。また贈り物でも、紫を基調とした湯飲みやちゃんちゃんこセット、紫色のちゃんちゃんこを着た人形など、紫にちなんだアイテムが人気です。紫は和装にも洋装にも映えるため、お祝いの席を華やかに彩ってくれるでしょう。
なお、卒寿の色については地域や資料によって多少異なる説もあります。ある資料では**「白」や「黄色(金茶色)」も卒寿を象徴する色と紹介されています。白は「白寿」に通じる純粋・無垢の象徴、黄色(金茶色)は米寿の延長で稲穂や長寿の輝きを表す色とも言われます。しかし現在では紫色が卒寿の代表的カラー**として広く認識されています。迷った場合は紫色の贈り物を選べばまず間違いないでしょう。紫の持つ高貴さと深みは、90歳という人生の偉業を讃えるのにふさわしい色と言えます。
卒寿祝いの進化と現代の傾向
昔の祝い方と今の違い
長寿祝いのスタイルは、時代とともに少しずつ変化しています。昔ながらのイメージでは、おじいちゃんやおばあちゃんに赤や紫のちゃんちゃんこを着てもらい、家族みんなで和やかにお祝いをするという光景が典型的でした。祝いの席では主役を高座に座らせ、年齢にちなんだ色のちゃんちゃんこや頭巾・扇子を持たせ、記念撮影をする――というのが一昔前までの定番でした。
しかし現代では、「高齢者」とはいえ非常にお元気で若々しい方も増えています。平均寿命が延び「長寿」の価値観が変わる中で、従来の形式ばった祝い方にこだわらず、本人の希望やライフスタイルを尊重したカジュアルなお祝いが好まれる傾向があります。例えば、本人がちゃんちゃんこを着るのを恥ずかしがるようであれば無理に着せず、代わりに紫を基調としたおしゃれな衣類や小物をさりげなく身につけてもらう、といった工夫がなされます。
また贈り物の内容も変化しています。かつては長寿を迎えた方に対し、老後を意識した実用品(杖や肌着など)や典型的な縁起物(ちゃんちゃんこセット、座布団など)を贈ることが多く見られました。近年ではそうした「いかにもお年寄り向け」の品よりも、趣味や好みに合ったプレゼントや若々しく活動的な日常を応援する品が喜ばれる傾向にあります。たとえばスポーツウェアやお洒落な帽子、最新の家電、好きな作家の本や音楽など、本人が本当に楽しめるものを選ぶケースが増えています。実用的なプレゼントに加え、ネーム入りのお酒や記念品など世界に一つだけの贈り物も人気です。
家族で祝う現代流の卒寿祝いアイデア
形にとらわれず**「心に残る体験」をプレゼントする**のが、現代の卒寿祝いの大きな特徴です。以下に、最近の卒寿祝いでよく見られるお祝いアイデアをいくつかご紹介します。
家族・親族で食事会:一番オーソドックスで喜ばれるのが、家族みんなで集まっての食事会です
。ご本人の好きな料理を用意したり、行きつけのお店や憧れの料亭で会食したりします。普段なかなか会えない親戚も招いて、和やかな時間を過ごしましょう。高齢で外出が難しければ、自宅で仕出し料理を囲んだり、Zoom等を使ってオンラインで孫ひ孫からメッセージを届けるのも一案です。
温泉や旅行をプレゼント:比較的お元気な場合は、温泉旅行や観光旅行も思い出深い贈り物になります。ご本人にとって特別な土地(故郷や青春時代の地)を訪ねたり、家族で観光ツアーに参加したりする企画は非日常を味わえる贅沢なプレゼントです
。ただし遠出は体調に負担がかかる場合もあるので、近場の高級旅館に招待する、日帰り旅行にするなど配慮しましょう。旅行券や宿泊券をプレゼントし、体調の良い時期に行ってもらう形でも構いません。
メモリアルフォト・アルバム作成:90年という長い人生の節目ですから、記念写真を綺麗に残すのも素敵なアイデアです。写真館で家族写真を撮影したり、プロのカメラマンにお願いしてお祝いの様子を撮ってもらったりできます。併せて、生まれた年から現在までの歩みを写真アルバムにまとめて贈るのも感動的です。昔の写真やエピソードを家族で振り返る時間は、ご本人にとって何よりの宝物になるでしょう。
ビデオメッセージや手紙:遠方に住む親族や友人からお祝いメッセージを集めて動画にしたり、手紙を書いてもらって朗読するのも心温まる演出です。特にお孫さんやひ孫さん世代からの「曾おじいちゃん大好き!」「いつまでも元気でいてね」といった言葉は、大きな励みと喜びになります。当日サプライズで上映すれば、きっと笑顔と涙のあふれるひとときになるでしょう。
テーマカラーを活かした演出:伝統のテーマカラーである紫色を会場の装飾に取り入れるのもおすすめです。紫の花を飾った花束や、紫を基調にしたテーブルクロス・風船でコーディネートすると、統一感が出て長寿祝いらしい雰囲気が高まります。ご本人に負担がなければ、紫のちゃんちゃんこやストールを羽織ってもらい、写真撮影のときだけ伝統スタイルを楽しんでもらうのも良いでしょう。
この他にも、趣味に関連した贈り物(ガーデニング好きなら園芸用品、料理好きなら調理器具など)や、みんなで歌をプレゼントする(好きな歌を合唱する、孫のピアノ演奏を披露する等)など、アイデアは多種多様です。大切なのは、「これまで長生きしてくれてありがとう」「これからも元気でいてね」という感謝と願いの気持ちを形にすることです。それが伝わる演出であれば、形式にとらわれずとも心に残る卒寿のお祝いになるでしょう。
まとめ
90歳の卒寿は、本人と家族にとって大きな喜びの節目であり、日本文化が育んできた敬老の精神を体現する伝統行事です。卒寿の歴史や由来をひも解くと、その背景には長寿を希少かつ尊いものとして祝福してきた先人たちの知恵が詰まっていることがわかります。漢字の遊び心から生まれた名称や、高貴な紫色に込められた敬意など、知れば知るほどお祝いに深みが増すのではないでしょうか。
現代の卒寿祝いは、伝統を踏まえつつもご本人の気持ちを何より大切にする形へと進化しています。歴史を知った上で柔軟にアレンジを加え、**「その人らしい卒寿のお祝い」**を演出してみてください。例えば、由来にちなみ紫色の花束を贈ったり、出身地の風習(餅や手形など)を再現してみたりするのも一案です。そうした工夫が、何よりの親孝行・祖父母孝行となるでしょう。
最後に、卒寿を迎えるまで長生きされたお父様・お母様へ、心からの感謝とお祝いの言葉を伝えてください。歴史ある卒寿の祝いに現代的なアイデアを織り交ぜながら、ご家族皆さんで笑顔あふれるひとときを過ごせますように。そしてこれからも益々お元気で、次の白寿・百寿へと穏やかな歳月を重ねられることをお祈りしています。おめでとうございます!